バックパッカーに考えて欲しい自己責任と言う名の無責任

こんにちは、SentidoのShoです。

今日はいわゆるバックパッカーと言う旅行者などが口にする「自己責任」についての話です。

この話も以前書いたチップの記事同様、色んな見方や意見があると思いますが、私の個人的な思いを書きます。

*先に書いておきますと、この記事はバックパッカーを否定するものではありません。ただSNSやブログの多くでこの「自己責任」と言う言葉を使うのがバックパッカーや世界を見て回ったと言うような方々だったので、表記上わかりやすくするためにバックパッカーと言う表現を使用しています。ご理解いただけますようお願いいたします。

以前書いたチップの記事はこちら→https://sentidomexico.com/2019/04/15/propina/

  

・「何が起きても自己責任だから」と言う風潮に物申す

旅行をする上で、日本との言葉や治安の違い、土地の細かな情報を持たない為に知らず知らず危険が迫っていたり、自ら危険な事に近付こうとしてしまう事は仕方のない事かもしれません。

その危険を出来るだけ避ける為に、事前に色んな情報を集め調べたりと、準備をして、少しでも安全に、安心した旅行になるように策を整えるのが当たり前だと私は思っています。

  

しかし、中には何も情報を持たず、調べずに旅行したり、勇気試しのような感覚で危険なエリアな安易に踏み込む旅行者がいます。

  

これには恐らく「何があっても自己責任なので、思うがままに旅行がしたい。誰にどう言われようが構わない」と言う考えがあるのだと思います。

果たして、本当にそうなのでしょうか?

  

私は、これは自己責任と言う言葉に甘えた自己中心的で、矛盾の多い考えだと思っています。

  

一応書いておきますと、ニュースなどで時々取り上げられる、紛争地や貧困の激しい土地に取材に行くジャーナリストの「それ」とはまた別。

  

もっと軽い感じの自己責任の乱用が特に若い世代、いわゆるバックパッカーと名乗る人に多く感じられます。

  

もちろんバックパッカーの中にも色んな方がいると言うのも重々承知しております。

  

自己責任のはずのこの無謀な旅、旅行がどう影響が出るのか見出しを変えて見てみましょう。

  

・もし事件に巻き込まれたら

もし海外で日本人旅行者や日本人在住者が事件に巻き込まれた場合どうなるのか。

被害の内容にもよりますが、スリや強盗での金品のみの被害であれば現地警察や現地の日本大使館などが動く程度だと思われます。

しかし、犯罪多発地域の中には警察も介入できないようなエリアもあり、そこに誘拐、監禁、さらには身代金要求などが加わればどうなるでしょうか?最悪の場合殺人事件に発展した場合は?

  

知人や親を心を心配し1秒1秒心が削られる。宿泊先の宿の方も同じ。

捜索や救出には莫大な資金が注がれ、あらゆる報道機関が動く。

状況によっては自己責任をとうに超え、国と国の大きな問題へと発展します。

  

・手軽な発信が生む好奇心

現代では携帯の進化や、SNSの爆発的な普及などにより旅をしている人が手軽に現地の模様を発信でき、また誰でも簡単にその発信された情報を見る事ができます。

しかし、時には無責任な発信すら簡単に拡散され、受け手(情報を見る側)を混乱させます。

一時期多かったフェイクニュースもその一つです。(ニュースサイトのような書き方でデタラメな情報を流したもの。)

  

例えば人気のYoutuberが世界のスラム街を歩き、こんな怖い感じだった、しかし運が良く被害には合わなかったと情報を発信する。一応このYoutuberは「絶対に真似はしないように」と念を押す。

  

発信する側としては「真似をしないで」と言ってる以上、そこまでしか出来ないのですが、やはり「やるな」と言われると「やってみたい」と好奇心に突き動かされる人はいるので、これも一種の危険なエリアへ行く事の拡散に繋がってしまっているのではないかと感じてしまいます。

  

また、旅行の情報系のブログも多数あり(このブログもその一つ)、その中には「旅をして自己責任を追う事で自由を得る」と言うような事を書いている記事もありますが、この発信している人がきちんと自己責任と自己責任では済まない事の違いを理解して書いているとは思えませんでした。

  

  

「夢」「旅」「世界」と言うキーワードで浮かれ、「自己責任」と言うもっともらしい言葉を使って無責任極まりない、思考力に欠けた情報発信が数多く存在し、それを目にした若者が刺激を受けて、旅に出て、また同じようなブログを立ち上げ、また「自己責任」を乱用し続けていく。

  

  

この連鎖を、あなたはどう思いますか?

  

  

・他人の善意に甘えた自己責任

本来であれば、多少何かがあっても困らない程度の資金を持ち旅行をするべきですが、不慣れな通貨での生活や、スリや置き引き等で資金不足になってしまうことはあると思います。

その時にヒッチハイクであったり、どうにかご飯を食べる為に奢ってもらったり、困っている時に現地の色んな方に助けてもらい、その優しさに感動したと言うエピソードも聞いた事があります。

  

しかし、最近ではちょっと事情が違う場合もあるようです。

  

  

お金がない訳ではなく、わざとお金を持たずに旅をして、どれだけの事ができたかを自慢する。そして「この国の人はいい人ばかりで、また来たいと思った」と言う。

  

  

最初から、現地の人に甘える気で旅をして、それを自分の武勇伝に繋げる。

  

甘えるだけ甘えたおして「いい人」「いい国」とは?

  

日本人はここまで心がわからなくなったのかと怒りと悲しみが溢れます。

  

・まとめ

今回の記事はいかがだったでしょうか?

賛否両論が生まれそうな内容だと思いますが、どうしても書かなくてはと思い書いた記事です。

  

SNSやYoutube、ブログなどを通じて様々な情報が簡単に発信でき、またその情報を受ける事も簡単になりました。

しかし誰でも発信できる分、発信する側も未熟な考えの方が多く、情報を受ける側も、あまりの情報の多さに深く考えないが現状だと思います。

  

  

最後に、もし「旅人」「バックパッカー」と名乗る人たちが見ていたら伝えたい。

「思うがままに生きる」事はただ自由ではないと言うこと、「自己責任」では命なんて重たすぎるものを扱いきれない事を、もっと知って欲しいしその事を広げて欲しい。

  

世界を見るのも、旅をするのも最高だが、一部の方ではあるが、あなた方が発信する言葉はあまりにも軽い。

  

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